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zoom RSS 日本文学クイズ・菊池 寛

<<   作成日時 : 2012/10/14 23:22   >>

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1 菊池 寛の出身地・香川県高松市の博物館は?

ア 讃岐村
イ 四国村
ウ 屋島村
エ 瀬戸内村

2 菊池 寛の代表作「恩讐の彼方に」の舞台は?

ア 福岡県
イ 佐賀県
ウ 大分県
エ 長崎県

3 菊池 寛が創始した出版社は?

ア 小学館
イ 講談社
ウ 新潮社
エ 文藝春秋

答えは以下反転。
1 イ(四国村(しこくむら)は、香川県高松市にある日本の江戸時代から明治時代の民家を中心とする古建築をテーマとする博物館。1976年(昭和51年)に開館した。
屋島の南山麓、屋島神社の東隣に位置する。
広大な敷地に、四国各県と兵庫県から移築・復元した江戸時代から明治時代の民家、伝統産業施設、灯台をはじめとする建築物を展示する屋外型博物館である。国指定の重要文化財建造物2棟、重要有形民俗文化財の建物6棟をはじめ、ほぼ全ての建造物が文化財の指定・登録を受けている。
2002年、村内に安藤忠雄設計の美術館と庭園で構成される四国村ギャラリーが開館した)
2 ウ(『恩讐の彼方に』(おんしゅうの かなたに)は、大正8年(1919年)1月に発表された菊池寛の短編小説。本作を三幕の戯曲に書き直したのが『敵討以上』(かたきうち いじょう)である。
江戸時代後期に、豊前国(大分県)の山国川沿いの耶馬溪にあった交通の難所に、青の洞門を開削した実在の僧・禅海の史実に取材した作品である。しかし禅海は、小説の主人公である市九郎(了海)のようにこれを独力で掘り続けたわけではなく、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇って掘った。また敵討ちの話も菊池による創作である)
3 エ(1923年1月、文藝春秋社として菊池寛が創業した。
1946年3月、「戦争協力」のため解散したが、社員有志により同年6月、株式会社文藝春秋新社が設立される。
1966年3月、現在の社名に改められる。
芥川賞や直木賞をはじめ、多くの文芸賞を手がけている。戦前の文藝春秋は、文壇のゴシップなどを取り上げる、どちらかと言えば「軽い雑誌」であったと言われている。現在のような「硬派」の雑誌に成ったのは、戦後と思われる)



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