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zoom RSS 日本100名城クイズ・高岡城

<<   作成日時 : 2017/08/11 11:38   >>

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高岡城(たかおかじょう)は、富山県高岡市古城(旧・越中国射水郡関野)にあった日本の城(平城)。日本100名城のひとつである。現在、城跡は高岡古城公園(たかおかこじょうこうえん)として整備され、市民の憩いの場となっており、国の史跡に指定されている。桜の名所としても有名で日本さくら名所100選に選定されている。



1 高岡城の現存期間は?

ア 1年
イ 7年
ウ 14年

答えは下にスクロール。












1 イ(1605年(慶長10年)6月28日、富山城に隠居した初代加賀藩主・前田利長は4年後の1609年(慶長14年)、富山城下の町人地から出火した火災の類焼により城内の建築物の大半を焼失したため、利長は魚津城に移り、大御所徳川家康と将軍徳川秀忠に火災の報告と、関野に築城の許可を貰う。

利長は築城の方針に伴うため、資材調達を小塚秀正ら、現地奉行を神尾之直らに命じ、魚津城から築城の指揮を取り、同時に城下町の造成も始めた。縄張(設計)は当時の前田家の客将だった高山右近とされている。同年9月13日、利長は「関野」を「高岡」と改め、未完成の高岡城に入城した。殿閣は先代利家が豊臣秀吉から賜った豊臣秀次失脚に伴い破却された伏見城秀次邸の良材を使って建てられたとも伝えられる。しかし、1614年(慶長19年)5月20日に利長は死去(享年53)し、隠居城として使われたのはごく短期間であった。その翌年の1615年(元和元年)には一国一城令により、大坂夏の陣からの利常凱旋を待って高岡城は廃城となった(その代わり加賀国に小松城を築くことがゆるされた)。ただし、廃城時期については1638年(寛永15年)とする異説もある。)




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