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zoom RSS 日本100名城クイズ・八王子城

<<   作成日時 : 2017/05/22 22:03   >>

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八王子城(はちおうじじょう)は、16世紀の武蔵国(現代の東京都八王子市元八王子町)に存在していた日本の城である。
八王子城は北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点であった。標高445m(比高約240m)の深沢山(現在の城山)に築城された中世山城である。深沢山は華厳菩薩妙行が延喜13年(913年)に山頂で修行した山で、修行中に牛頭天王と8人の王子が現れたとして延喜16年(916年)に八王子権現を祀ったことから、八王子城と名付けられた。


1 八王子城城主・北条 氏照(ほうじょう うじてる)の築城のきっかけとなったのは?

ア 武田信玄との戦い
イ 今川義元との戦い
ウ 上杉謙信との戦い

答えは下にスクロール。













1 ア(永禄10年(1568年)、武田信玄の家臣・小山田信茂らの軍勢が小仏峠を越え相模国に侵攻した。氏照は中山家範・横地吉信らに迎撃を命じたが、高尾山麗の廿里(現、八王子市廿里町、廿里古戦場)にて敗退。その後余勢を駆って押し寄せた武田勢に攻め立てられ、滝山城は三の丸まで陥落し氏照は二の丸で指揮をとったという(この時、氏照と武田勝頼が槍をあわせたとも伝わる)。このような氏照の奮戦により、最終的には武田軍に滝山城の攻略を断念させている。
氏照は平山城である滝山城の防衛面での不利を悟り、武蔵と相模の境に大規模な山城を築いた。山城の山頂に八王子社が祀られたため、城は八王子城と名付けられた。八王子城周辺の「八王子」という地名はこれに由来する。)



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