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zoom RSS 手塚治虫クイズ・W3(ワンダースリー)

<<   作成日時 : 2013/03/19 21:44   >>

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『W3』(ワンダースリー)は、虫プロダクション制作のテレビアニメ、およびそれと設定を同じくする手塚治虫のSF漫画作品である。アニメ版は、1965年6月6日 - 1966年6月27日にフジテレビ系で全52話で放送されたモノクロ。

1 アニメ「W3」の裏番組で「W3」の視聴率急落の原因となったのは?

ア 仮面ライダー
イ バットマン
ウ ウルトラQ
エ 月光仮面

2 「W3事件」と言われるのは?

ア 作画交代
イ 連載放棄
ウ 原作者とのけんか
エ 掲載誌の切り替え

答えは以下反転。
1 ウ(放映開始からしばらくは常時20%台を維持する好視聴率をマークしていたが、その後TBSが同時間帯に円谷特技プロダクションの特撮番組をぶつけてくることが判明し、円谷の特撮技術をよく知っていた手塚治虫は番組の前途を危惧した。その番組『ウルトラQ』が始まるや、『W3』の視聴率は急落、月曜19時30分枠への時間帯変更(正確には『快傑黒頭巾』との枠交換)のやむなきに至った。手塚は『ウルトラQ』第1話の放映を見たとき、息子である手塚眞の興奮ぶりが「すごいものであった」と記し、クライマックスが終わってから『W3』にチャンネルを変えたとき「ああ、これで負けた!」と感じたという。
一方手塚眞は著書『天才の息子』(ソニーマガジンズ、2003年)の中で、以下のように記している。珍しく手塚が家族と夕食を共にした席で『W3』が放送される時間に、妹とそれぞれ別の番組(名前は明記されていない)が見たくてチャンネル争いをしていた。それを見かねた母親(手塚夫人)は「お父さんの番組を見なさい」と叱ったが、そのとき手塚が「子供の観たいものを観せなさい!」と怒鳴り、眞と妹はびっくりして声も出ず、母親は驚いて泣き、気まずいムードになったという。
円谷特技プロダクション創設者である円谷英二の息子であり、当時フジテレビ映画部に所属して『W3』を担当していた円谷皐は、ウルトラQが始まり、W3の視聴率が一気に一桁台に急落して複雑な気持ちだったと述懐している)
2 エ(W3事件(ワンダースリーじけん)は、手塚治虫が『W3』の掲載誌を『週刊少年マガジン』から『週刊少年サンデー』に切り替えたことを指す。
虫プロダクションは1965年当時にアニメ用の作品を企画していたところ、それとそっくり同じ企画が他のプロダクションから製作されていることがわかり、虫プロダクションの中で産業スパイがいるのではないかという疑惑が起こった。 そして、虫プロダクションの社員たちの中でもその疑惑が話題になり、何人かが虫プロダクションを辞めることになった。
手塚はそのアニメの企画を「W3」という名前で平行して週刊少年マガジンで連載することになるが連載6回目のところで週刊少年サンデーに掲載雑誌を変更した。 この掲載雑誌を途中で変更したことが「W3事件」である。
連載雑誌を変えた理由については手塚治虫は「虫プロダクションの事情」と「W3のスポンサーのロッテと「そっくり同じ企画の作品」のスポンサーが森永製菓という広告業界の関係」と語る
また手塚はこの件に関しては誰も責めておらず、講談社漫画全集のあとがきにおいては、講談社に迷惑をかけたことについて謝罪している)


食べたあとでまた食べたくなる。注意注意。


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