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zoom RSS アメリカ州クイズ・セントクリストファー・ネイビス連邦

<<   作成日時 : 2012/12/03 13:46   >>

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1 セントクリストファー・ネイビスの世界遺産「ブリムストーン・ヒル要塞国立公園」で戦いを繰り広げたのは?

ア アメリカ合衆国vsスペイン
イ イギリスvsフランス
ウ ポルトガルvsスペイン
エ イギリスvsオランダ

2 セントクリストファー・ネイビスの首都「バセテール」の語源は?

ア 大地
イ 湿地
ウ 高地
エ 低地

3 セントクリストファー・ネイビスの国旗の黒色が意味するのは?

ア アフリカ
イ インディオ
ウ 魚の群れ
エ 火山

答えは以下反転。
1 イ(17世紀から18世紀にかけて、セントクリストファー島とネイビス島は、イギリスとフランスとの間で領有を巡って対立していた。1690年、フランスを駆逐した後、イギリスはブリムストーンに要塞を立てた。そして、1736年までに要塞には49丁の銃を保持していた。そして、イギリス軍による西インド諸島攻略の拠点地として、「西インド諸島のジブラルタル」と呼ばれていた。1782年2月に、フランス艦隊がブリムストーン・ヒル要塞を攻撃した。1,000人のイギリス軍は頑強に抵抗したが降伏した。そしてフランス軍は、最後まで戦ったイギリス駐屯軍の英雄的な防御に敬意を表した。その1年後の1783年、ヴェルサイユ条約によりフランスがセントクリストファー島をイギリスへ返還した時、同じ名誉はフランス駐屯軍に一致した)
2 エ(町の名であるバセテールとはフランス語の「低地 (Basse terre)」に由来する。1624年にセントクリストファー島にイギリスに続いて、フランスが入植した。その後、1627年に島の中央部分がイギリス領、北部と南部がフランス領となった時に、フランスの入植者達は良質な港に適した低地だったこの地にフランス語で「低地」を意味するバス・テールと名付け町を建設した。その後、1783年に全島がイギリスの植民地となった時に、バステールはフランスからイギリスの植民地となった。1867年の地震による洪水や火事により町は壊滅的打撃を受けたが、町は再建された。イギリス植民地時代の建造物が多く残っており、今となっては完全にバセテールの町並みはイギリス風だが、バルコニー付きのフランス風の建造物などフランス植民地時代の面影も残っている)
3 ア(セントクリストファー・ネイビスの国旗は、1983年9月19日に制定された。
二つの星は希望と自由を象徴しているとされるが、元々セントクリストファー島とネイビス島の二つの島を示しているとも言われている。緑は国土の肥沃さ、赤は植民地時代の奴隷制から独立・解放への苦闘、黒はアフリカからの伝統、黄色は日光をそれぞれ象徴している)





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