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zoom RSS 旧国名クイズ・佐渡国

<<   作成日時 : 2012/07/09 15:26   >>

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領域は現在の新潟県佐渡市(佐渡島)にあたる。


1 佐渡国の国府のあった新潟県佐渡市真野にあるのは?
ア 海賊の墓
イ 異人の墓
ウ 将軍の墓
エ 天皇の墓

2 佐渡国の一宮・度津神社(わたつじんじゃ)の「わた」の意味は?
ア 山
イ 川
ウ 海
エ 浜

3 佐渡国の佐渡金山が発見されたのは?
ア 鎌倉時代
イ 戦国時代
ウ 江戸時代
エ 明治時代

答えは以下反転。
1 エ(順徳天皇;父後鳥羽上皇の討幕計画に参画し、それに備えるため、承久3年(1221年)4月に子の懐成親王(仲恭天皇)に譲位して上皇の立場に退いた。父上皇以上に鎌倉幕府打倒に積極的で、5月に承久の乱を引き起こしたものの倒幕は失敗。乱後の7月21日、上皇は都を離れて佐渡へ配流となった。在島21年の後、仁治3年(1242年)9月12日に佐渡で崩御した。
新潟県佐渡市真野にある真野御陵(まののみささぎ)は正式には火葬塚であるが、古来地元から御陵として崇敬されてきたもので、延宝7年(1679年)に佐渡奉行曽根吉正が修補を加え、明治7年(1874年)から政府の管理下にある)
2 ウ(社名の「ワタ」は海の古語で、「ワタツ神社」は「海の神の社」という意味となり、元々は航海・漁労を司る海の神を祀る神社であったと推定したうえで、当神社が元は海岸寄りに鎮座していた、と言う説もある。社伝では、祭神の五十猛命の父・スサノオが人々に造船・航海の術を授けたことから度津神社と称するのだとしている)
3 ウ(1601年に金脈が発見されて以来、江戸時代を通して江戸幕府の重要な財源となった。
よく誤解されるが、戦国時代には未発見であり、戦国大名の上杉謙信がかかわった記録はない。小説「武田信玄」において新田次郎は佐渡金山が上杉謙信の財源であったと描写し、「記録が無いのは秘密にしたからである」としているが、戦国時代の佐渡は本間氏の領国であり上杉氏は領有しておらず、その意味からも上杉謙信が佐渡金山を保有していたということはありえない)



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