峠の居織

アクセスカウンタ

zoom RSS 旧国名クイズ・和泉国

<<   作成日時 : 2012/06/08 09:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

領域は現在の大阪府南西部(大和川以南)にあたる。


1 和泉国の国府のあった和泉市の森をたたえたのは?
ア 光明皇后
イ 小野小町
ウ 紫式部
エ 清少納言

2 和泉国の一宮・大鳥大社の祭神は?
ア 神功皇后
イ 日本武尊
ウ 源義経
エ 楠木正成

3 和泉国の堺港が例えられたのは?
ア 東洋のベニス
イ 東洋の香港
ウ 東洋のマラッカ
エ 東洋のジェノバ

答えは以下反転。
1 エ(平安時代、清少納言が「もりは信太の山」(「枕草子」)とたたえ、多くの歌人たちが和歌に詠んだ信太の森は信太山丘陵の北部を中心に広がっていたと考えられ、その面影は、現在も聖神社や信太森葛葉稲荷神社の森にうかがうことができ、特に近畿を北限とするシリブカガシが我が国最大規模の純林を誇っており、古代のこの地方の森林の姿をよくとどめていると考えられている)
2 イ(日本武尊は西征して熊襲を平定し、東征して東国を平定したが、伊吹山で病に倒れ、伊勢国能褒野で薨去する。遺体はその地に葬られたが、その陵墓から魂が白鳥となって飛んでいき、大和国琴引原で留まり、また飛び立って河内国古市に降りたが、最後に大鳥の地に舞い降りたので、社を建てて祀った。これが大鳥神社の始まりだとされる。神域は千種森(ちぐさのもり)と呼ばれ、白鳥が舞い降りた際、一夜にして樹木が生い茂ったと言われる)
3 ア(応仁・文明の乱以後、それまでの兵庫湊に代わり堺は日明貿易の中継地として更なる賑わいを始め、琉球貿易・南蛮貿易の拠点として国内外より多くの商人が集まる国際貿易都市としての性格を帯びる。布教のため来日していたイエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラは、その著書『耶蘇会士日本通信』のなかで、「堺の町は甚だ広大にして大なる商人多数あり。この町はベニス市の如く執政官によりて治めらる」と書いた。この文章によって、堺の様子は当時の世界地図に掲載されるほどヨーロッパ世界に認識されることとなる。ヴィレラの後継宣教師であるルイス・フロイスもまた、マラッカの司令官宛に「堺は日本の最も富める湊にして国内の金銀の大部分が集まるところなり」と報告、その著書『日本史』のなかで堺を「東洋のベニス」と記している)



日根荘遺跡―和泉に残る中世荘園の景観 (日本の遺跡)
同成社
鈴木 陽一

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 日根荘遺跡―和泉に残る中世荘園の景観 (日本の遺跡) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



ひとすじ涙の流れ星♪

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
旧国名クイズ・和泉国 峠の居織/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる