峠の居織

アクセスカウンタ

zoom RSS 国民栄誉賞クイズ・美空ひばり(1989年)

<<   作成日時 : 2012/05/24 20:30   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

美空 ひばり(みそら ひばり、1937年(昭和12年)5月29日 - 1989年(平成元年)6月24日)は、日本の歌手、女優。昭和の歌謡界を代表する歌手・女優の一人。


1 美空ひばりのデビュー曲は?
ア 般若ブギウギ
イ 人魚ブギウギ
ウ 河童ブギウギ
エ 天狗ブギウギ

2 美空ひばりの最後の公演地は?
ア 東京都文京区
イ 静岡県浜松市
ウ 兵庫県神戸市
エ 福岡県北九州市

3 出身地の横浜市磯子区出身の俳優は?
ア 佐藤健
イ 向井理
ウ オダギリジョー
エ 松田龍平

答えは以下反転。
1 ウ(1949年1月、日劇のレビュー『ラブ・パレード』(主役・灰田勝彦)で笠置の『セコハン娘』、『東京ブギウギ』を歌い踊る子供が面白がられ、同年3月には東横映画『喉自慢狂時代』(大映配給)でブギウギを歌う少女として映画初出演。8月には松竹『踊る竜宮城』に出演し、主題歌『河童ブギウギ』でコロムビアから歌手としてB面であるが11歳で正式にレコードデビュー(7月30日)を果たす。続いて12歳で映画主演を果たした『悲しき口笛』(松竹)が大ヒット、同主題歌も45万枚売れ(当時の最高記録)国民的認知度を得る。この時の「シルクハットに燕尾服」で歌う映像は小さいときのひばりを代表するものとしてよく取り上げられる)
2 エ(1989年2月7日、福岡県北九州市小倉での公演がひばりの生涯最後のステージとなる。車や新幹線での移動に耐えられないほど衰えていたひばり。そこで急遽、ヘリコプターでの往復移動となり、会場の楽屋入り後すぐにひばりは横になった。酸素吸入器とともに医師が控え、ひばりは肝硬変の悪化からくる食道静脈瘤を抱え、いつ倒れて吐血してもおかしくない状態だったという。最悪死に至るリスクを背負ってのステージ。ひばりは命よりもファン、そして歌うことを選んだ。当時同行していた息子・和也も後に「ここの時ほど心細い時はなかった」と話している。開演時間になるとひばりは起き上がり、ステージへ向かう。廊下からステージに入る間の、わずか数センチの段差も1人では乗り越えられなかった。またコンサート中は、大半がいすに座りながらでの歌唱であった。息苦しさをMCでごまかすひばりだったが、翌3月に診断される「間質性肺炎」の病状は進行していた。それでも1100人の観衆を前に、ひばりは全20曲無事に歌い終わった)
3 イ(神奈川県立氷取沢高等学校、一浪を経て明治大学農学部生命科学科卒業。大学では遺伝子工学を専攻。「ニワトリ・オボアルブミン遺伝子をエストロジェンに応答し卵管組織においてのみ活性化させるコントロールエレメントの決定」という研究で、第29回 国際動物遺伝学会議(2004年9月開催)『ベストポスターアワード』を向井を含めた数名の研究メンバーで受賞した)



美空ひばりベスト 豪華盤
日本コロムビア
2011-11-02
美空ひばり

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 美空ひばりベスト 豪華盤 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
国民栄誉賞クイズ・美空ひばり(1989年) 峠の居織/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる